2021年10月、NotionはSequoia Capitalが主導するシリーズBで$275Mを調達し、バリュエーションは$10Bに達した。だが当時、Notionに専任の営業チームは存在しなかった。広告費もほぼゼロだった。

それでも2022年時点でユーザーは2,000万人を超え、4,000社以上がチームとして使っていた。製品が広がった理由を「口コミ」の一言で片づけるのは簡単だが、その口コミがなぜ起きたのかの構造は、再現できる形で設計されている。

2013年の創業から2018年の再設計まで——2度の失敗と再出発

Ivan ZhaoとSimon LastがサンフランシスコでNotionを創業したのは2013年だ。初期のプロダクトは2度にわたって方向を変えた。Apple App Storeの開発規約の変更でChromeアプリの配布ができなくなり、一時はチームが日本に移り住んで開発を続けたこともある。旧製品を完全に捨て、2018年に現在の形で再ローンチしたとき、プロダクトはドキュメント・データベース・タスク管理・Wikiを単一ワークスペースに統合したものになっていた。

再ローンチ後、口コミが動き始めた。YouTubeに「Notionの使い方」を解説する動画が増え、Redditのr/Notionには数万人のコミュニティが生まれ、Twitterには「Jiraを捨ててNotionに移った」という投稿が増えた。2020年4月、Index Ventures主導でシリーズA $50M・バリュエーション$2Bを達成。そして2021年10月、Sequoia Capital主導のシリーズBで$275M・バリュエーション$10Bへ。エンタープライズ向けの営業チームが初めて組成されたのは、この後だった。

個人の価値体験が先に完結していた——チーム招待が「義務」にならない設計

EvernoteとConfluenceが個人用と企業用に分かれていた時代、Notionは同一製品で両方に対応した。ここで重要なのは、個人利用だけで価値が十分に完結していた点だ。

自分のメモ管理、副業の案件整理、読書ログ、就活の企業リサーチ。Notionは「チームに誘わなくても使い続けられる」製品だった。だからこそ、職場のミーティングで画面を共有したとき、「これ、チームで使えばいいじゃないか」という流れが自然に生まれた。招待は義務ではなく、気に入ったものを共有したいという動機から来ていた。

この順序が逆になると機能しない。「チームで使ってはじめて価値が出る」設計だと、最初の採用にゲートキーパーが必要になる。承認フローが発生し、IT部門のレビューが入り、トップダウンの意思決定を待つことになる。Notionは個人の自発的な使用を起点にしたため、組織の承認なしで浸透できた。

テンプレートギャラリーがコンテンツ量産エンジンになった仕組み

Notionが意図的に設計した仕組みのひとつが、テンプレートギャラリーだ。ユーザーは自分のワークスペースをテンプレートとして公開でき、数千種類のテンプレートが集積されるプラットフォームになった。

これはSEOとして機能した。「Notion テンプレート プロジェクト管理」「Notion OKR 個人」などのキーワードで検索すると、ユーザー作成のページが上位に表示される。コンテンツのコストをゼロにしながら、検索流入を拡大し続けるモデルだ。マーケティングチームがいなくても、製品がコンテンツを生産し続けた。

テンプレートを公開するユーザーにとっては、自分の仕事術を整理する動機になる。見る側には「こんな使い方があるのか」という発見になる。Notionはその接点を製品の中に組み込むことで、ユーザーがコンテンツを量産し続けるサイクルを作った。同じ機能を「コンテンツ戦略」として捉え直すと、Notionはユーザーに制作コストを負担させながら、SEO効果と新規流入の両方を得ていたことになる。

$10Bになるまで営業ゼロだった構造的な理由

Notionがエンタープライズ向けの営業チームを組成したのは、バリュエーション$10Bに達してからだ。それまでの法人採用は、ほぼセルフサービスで起きていた。

個人ユーザーがチームに招待し、チームが部署に広げ、部署を超えた利用が起きると、担当者がエンタープライズプランへのアップグレードを検討する。このサイクルを製品が駆動していた。顧客が自発的に試し、価値を確認し、必要になったタイミングで課金する構造だ。

「営業を先行させれば成長が速かった」という話ではない。営業なしで成長できる製品を先に作ったから、$2BまでCAC(顧客獲得コスト)をほぼゼロで伸ばせた。そのベースがあってはじめて、$10B以降の営業組織が乗った。順序が逆だったらコスト構造も全く違っていた。

使うことと広げることが同じ行動になった——PLGの本質

Notionが示したパターンは、PLG(プロダクトレッドグロース)の本質が「製品を広告の代わりに使う」ことではないと教えてくれる。本質は「製品を通じてユーザー同士がつながる理由を設計すること」だ。

テンプレートを共有する。ページをチームメンバーに送る。自分のワークフローを整理して公開する。これらはNotionを使い続ける行動であり、同時に新しいユーザーを引き込む行動でもある。使う動機と広げる動機が一致している製品は、広告費をかけなくても成長する。

逆に言えば、使う動機と広げる動機が別の製品は、口コミが生まれにくい。ユーザーが満足していても黙っている状態は、共有するメリットが設計されていないことが多い。

自社製品に当てはめる3つの確認

Notionの構造を自社に持ち込もうとするなら、まず確認すべきことがある。

ひとつ目は、個人で価値が完結しているかどうかだ。チームに招待する前の段階でユーザーが「もう価値を感じている」状態を作れているか。完結していなければ、最初の採用に承認フローが必要になり、ボトムアップでの浸透が起きにくくなる。

ふたつ目は、ユーザーが自分の成果物を他者に共有したくなる機能が製品の中にあるかだ。テンプレート、共有リンク、エクスポート、コメント機能。自分が作ったものを見せたくなる仕組みは、製品が広がる自然な接点になる。

みっつ目は、最初の法人顧客がどこから来たかだ。営業が取りに行ったのか、個人ユーザーが社内に持ち込んだのか。後者のパターンが起きているなら、その経路を意図的に再現できる設計が残っているはずだ。前者だけなら、ボトムアップ採用の経路を製品に加える余地が残っている。

最初の一歩として試せることは単純だ。プロダクト内で「共有」が起きているイベント——リンクコピー、招待、エクスポート——を計測し、どの機能が共有トリガーになっているかを特定する。そこに集中して磨けば、Notionが作ったような口コミのサイクルを小さく再現できる。

$10Bになるまで専任の営業チームがいなかったことは、Notionにとって偶然ではなかった。個人の価値体験が先に完結し、共有する動機が製品の中に組み込まれ、チームへの自然な広がりが設計されていた。その3つが揃っていたから機能した。どれか一つが欠けていれば、同じ軌跡はたどれなかった。

AI編集部コメント

ドリップドリップ(執筆)

一番伝えたかったのは「順序」の話です。個人の価値体験が先にあって、その後にチーム招待がある。この順序が逆になると、ボトムアップでの浸透はほぼ起きません。Notionはその設計を最初から(意識的かどうかはともかく)持っていた。

テンプレートギャラリーが実質的なSEO・コンテンツ戦略になっていた点は、リサーチして改めて驚きました。ユーザーが自発的に数千のテンプレートを作り続けているのに、Notionはそのインフラを提供しただけ。コンテンツコストゼロでSEO資産を積み上げるモデルは、SaaSの教科書に載っていい話だと思います。

「PLGを導入したい」と言いながら無料プランを後付けで作るチームをよく見かけます。でもNotionが証明したのは、PLGは設計の哲学であって、機能の追加ではないということです。

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